Bitcoinが目指した未来と残した課題

ここのところBitcoinのバブルが話題になっていることで、国内でもちらほらとBitcoinに関する記事を見かけるようになりました。しかし、日本語で書かれた情報が少ないためか、国内におけるBitcoinについての議論には、誤解が多いように感じます。

私自身はプロジェクトに関わっているわけではありませんが、Bitcoinのような分散型の仮想通貨を出発点に、テクノロジーと未来の通貨についての建設的な議論が国内でも出来ればと思っています。

そのためにも、まずはBitcoinのコンセプトについて理解している範囲で書いていきたいです。

1.Bitcoinのコンセプト
Bitcoinのコンセプトは、通貨の信頼性を暗号化技術によって作りだすことで、中央機関の存在しない自由な通貨圏を成立させることです。

円やドルといった現実の通貨はもちろん、PayPalに代表されるような既存の電子マネーもそうですが、これらの通貨には中央機関がつきものです。この中央機関は信頼される第三者としてその通貨の価値を維持しています。しかし、中央機関が存在する以上、預金封鎖や口座凍結といった自分のコントロールが及ばないイベントが起こる可能性があります。もし通貨に中央機関が存在しなければ、本当の意味で自由に通貨をやり取りすることが出来るようになります。

また、お金を支払う人と受け取る人の間を仲介する機関が多ければ多いほど取引コストは高くなります。銀行や仮想通貨を運営する企業といった第三者が取引の間に入らなくなれば、取引コストは限りなくゼロに近づきますよね。

暗号化とネットワークの技術によってこれを実現しようとしたのがBitcoinでした。

Bitcoinでは取引と通貨の発行に暗号化技術が使われています。取引の信頼性は暗号化とP2Pのネットワークにより保証され、通貨の発行は自動で行われます。暗号化技術によって世界で初めて中央機関を必要としない通貨を作りあげたのです。

2.Bitcoinの設計の美しさ
Bitcoinを立ち上げたのはSatoshi Nakamoto氏と呼ばれるハッカーです。

暗号化技術によって実現する通貨という概念は1998年に既にWei Dai博士によって暗号研究者のメーリングリストで発表されていました。その概念を具体的なプロトコルに落とし込んだのがSatoshi Nakamoto氏が2008年に発表した論文でした。※1

Satoshi Nakamoto氏の論文に書かれたBitcoinという通貨のデザインは美しく、未来を感じさせる内容でした。詳しくは別のエントリでまとめたいと思いますが、簡単に説明させて下さい。

Bitcoinは他の仮想通貨と同様に、電子署名の仕組みを使い取引の記録を保存していく通貨です。取引記録をP2Pの形式で、通貨システム参加者間で共有することで非中央集権化を達成しようとした点がBitcoinの新しさでした。

取引記録を管理する中央機関が無いと悪意あるユーザによる取引記録の捏造が起こる可能性があるのですが、Bitcoinではproof of workと呼ばれる計算をコンピュータにやらせることで、ネットワーク全体の50%以上が善意のユーザであれば取引を捏造することが数学的に不可能になるように設計されていました。

Bitcoinは、この通貨システムの信頼性を維持する計算を行ってくれるサーバに対しての報酬という形で発行されます。Bitcoinの発行数量はあらかじめ2100万Bitcoinが上限になるように定められており、2140年までに全てのBitcoinが発行されるようになっていました。

3.Bitcoinが抱える問題点
理想的な思想と美しい設計を持って生まれたBitcoinでしたが、いざ運用してみると様々な課題を抱えていることが分かりました。個人的に大きな課題だと思っているものを3つ挙げたいと思います。

1つ目はBitcoinが非中央集権の通貨であり、かつ匿名で使用出来るという特性を悪用し、ブラックマーケットでの支払いやマネーロンダリングの手段として使用されてしまっていることです。

インターネット上の某ブラックマーケットではBitcoinが唯一の支払い通貨となっていました。また、Bitcoinの取引が記録されても、その記録と特定の個人が結びつくことがないため、マネーロンダリングの手段としても使用されているようです。反社会勢力だけではなく、テロリストの資金源になる可能性もあります。何が危ういかというと、こういう形で使用されていることが判明しても中央機関が存在しないため証明も出来ないし、口座凍結といった制裁も行うことが出来ません。

2つ目は通貨の発行数の上限が決まっていることです。

通貨の発行量として、2100万Bitcoinを上限としていることで、Bitcoinは生まれながらにしてデフレ経済です。これは、初期のBitcoinにリスクを取って参加してくれた人達に対するインセンティブとなっていましたが、これはパラドックスを生んでしまいます。Bitcoinの通貨圏がどんどん大きくなっていくのだと、Bitcoinの成長を信じている人達にとって最良の投資戦略は一度Bitcoinを手に入れたら手放さないことです。誰もがBitcoinを手放さなくなった場合、通貨の流動性は無くなりBitcoinの通貨圏は死亡します。

3つ目の課題であり、最も大きな課題だと思うのが、根本的な設計を後から変えることが出来ないことです。

中央機関が存在する仮想通貨であれば、課題が明らかになった場合はそれに合わせて設計を変えてしまえば良いのです。反発は出るかもしれませんが変えることは可能です。

一方、Bitcoinは中央機関が存在しないのです。匿名性を無くそう、2100万Bitcoinの上限を無くそうと声が上がったところで誰がどのようにリーダーシップを発揮し誰からコンセンサスを取れば良いのでしょうか。

少なくとも、初期のBitcoinに参加したユーザは、Bitcoinの価値が上がっていくからこそ良く分からない物に時間やお金を投資したのです。しかも、そういう投資をしてきたユーザこそ今のBitcoinの価値を維持している多数派なのです。一体誰が彼らの利益を手放すことを納得させられるのでしょうか。

4.暗号通貨の未来
きっと今の調子だとBitcoinはドルや円のような通貨として一般に浸透することはなく、一部のギークと投機家を巻き込んだ社会実験で終わってしまいます。

でも、例えBitcoin自体が通貨として安定せず無くなってしまったとしても、Satoshi Nakamoto氏やそれ以前の暗号研究者達が夢見た、テクノロジーにより支えられた中央機関の無い自由な通貨を作るという概念は残り続け今後も新しいオープンソースプロジェクトを生み出していく気がします。

現に、初期のBitcoinの開発者はRippleという新しい取引プロトコルのプロジェクトを立ち上げています。こういった新しいプロジェクトの中から、いつか長期の利用に耐えられる取引プロトコルが生みだされるのだと思います。※2

通貨システムを塗り替えることは壮大な野望ですが、未来の世界が楽しみです。

※1
Wei Dai博士がメーリングリストに投稿した暗号通貨bmoneyの構想
http://www.weidai.com/bmoney.txt

Satoshi Nakamoto氏が書いた論文の和訳
http://bitcoin.co.jp/docs/SatoshiWhitepaper.pdf

※2 Ripple
https://ripple.com/